反抗期の子のように

【本日のリマ】

マラキ3章13節
あなたがたのことばは、わたしに対して度を越している。
あなたがたは言う。『私たちが何と言ったというのですか』と。

【追記】

マラキ3章13節~15節には、神様に反抗する人が登場します。

この人は、神様のことをこう思っています。

神に仕えるのは無駄だ。神の戒めを守っても、万軍の主の前で悲しんで歩いても、何の得になろう。(マラキ3:14)

・・・

こう思いながら、この人は、神様には平気な顔でこう言ってしまいます。

『私たちが何と言ったというのですか』と。(マラキ3:13)

・・・

このような神様と人間の関係を、親子の関係で考えてみましょう。

子は親から自立するため、反抗期があります。

思い出せば誰にも記憶があるかもしれません。親に悪態をついたあの日のこと。

果たして、そのとき親はどんな気持ちだったでしょう。

子は『私たちが何と言ったというのですか』という気持ちで、親の苦労や気持ちはずっと後で知ることになるのです。