キリストという師

【本日のリマ】

マタイの福音書10章24節
弟子は師以上の者ではなく、しもべも主人以上の者ではありません。

【追記】

冒頭の聖句は、解釈に広い幅がありそうです。

その解釈の一つとして、最後の晩餐の場面でイエス様が語られたつぎの聖句と合わせて考えてみます。

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ヨハネの福音書13章14~16節
主であり、師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのであれば、あなたがたもまた、互いに足を洗い合わなければなりません。

わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、あなたがたに模範を示したのです。

まことに、まことに、あなたがたに言います。しもべは主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさりません。

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ここで、師であるイエス様は、弟子たちの足を洗っています。

弟子たちは、自分の足をイエス様が洗ってくださることの真意が分かりません。

社会的な常識では、主人がしもべの足を洗うことは、あり得ないからです。

混乱したペテロは、『主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください』と言うほどです。

そこで、イエス様は、師として弟子たちに模範を示したのだから、このさきで弟子たちが互いの足を洗い合うようにと深淵な教えをします。

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主としてのキリストは、創造前の神様の右から来られる方です。

そのため、キリストは、地上において、堕落前の創造本然の姿を、模範としてたくさん示します。

一方の弟子たちは、この世(堕落後の世界)の基準しか持ちえません。

そのため、弟子たちには、目の前のイエス様の言動のすべてを理解できません。(それは現代の人も同じでしょう。)

この世で正義とする基準(人間を中心とする論理)には、人を不幸にする堕落後の嘘や誤解が巧妙に混じっているからです。

そのために、キリストは、この世によらずに、キリストを模範としなさいと教えられるのだと思います。

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このキリストと弟子たちとの関係を踏まえて、ここでの聖句をもう一度読んでみてください。

弟子は師以上の者ではなく、しもべも主人以上の者ではありません。(マタイ10:24)

まことに、まことに、あなたがたに言います。しもべは主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさりません。(ヨハネ福音書13:16)