罪と汚れをきよめる一つの泉

【日々のリマ】2023年2月2日(木)

ゼカリヤ書13:5
また彼は、『私は預言者ではない。私は土地を耕す者だ。若いときに人が私を買い取った』と言う。

【追記】

ゼカリヤ書13章になります。

この章の冒頭には、【罪と汚れをきよめる一つの泉】が登場します。

神様に対する背(そむ)きの罪をぬぐい去って、赦すことができる方は、神様です。(イザヤ43:25参照)

そして、その権能を地上で持たれる方は、神様であるキリストになります。

そのキリストの権能によらずして、罪と汚れをきよめることはできません。

そう考えると、【罪と汚れをきよめる一つの泉】は、来られるキリストになります。

そのキリストによって、地上の偽預言者は、馬脚をあらわします。

偽預言者にとっては、偶像を神とする幻(まぼろし)を語っていたことが明らかになります。

彼ら偽預言者は、自分は預言者ではなく、本当は雇われ農夫だったという言い訳にくれます。(ゼカリヤ13:4-5参照)

そんな偽預言者たちは、かつて偶像の前で我が身に傷をつける狂信的な威嚇を沢山おこなってきました。

その傷で威嚇した偽預言者も、その傷を隠さなければならないときがきます。(ゼカリヤ13:6参照)

このように地上に来られるキリストを受け入れることによって、人々は、神ならぬ偶像と偽預言者の支配から開放され、神様のもとに立ち戻ります。