【本日のリマ】
マルコの福音書8章33節
「下がれ、サタン。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」
【追記】
イエス様は、公生涯のこの時期を境にして、キリストが多くの苦しみを受けて殺され、3日後に復活することを弟子たちに示し始めます。(マタイ16章21節、マルコ8章31節を参照)
ペテロは、イエス様をわきに連れていき、いさめることになります。
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冒頭の聖句は、そんなペテロの内なるサタンに対するイエス様の叱責です。
「あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」
《人のことを思っている》とは、どういうことでしょうか。
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現代において、イエス様が正しいことを前提に聖書を読むと、当時の祭司長やパリサイ派はかなりの悪者に見えます。
しかし、イエス様の当時は違います。
当時の社会で、祭司長やパリサイ派と言えば、厳格な教えを守るユダヤ教のエリートです。神様に近い人たちと信じられ、民衆から高く尊敬されています。
それに対して、イエス様は、社会的な地位はなく、新興の教えを説く一介の青年です。
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もしも、世渡り名人が当時のイエス様を見れば、なんと世渡りが下手なのかと思ったでしょう。祭司長やパリサイ派をうまく立てれば、もっと上手く世渡りできたはずだと。
しかし、それはあくまでも人間の事情や、しがらみをもって、神様とキリストを見ていることになります。
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人には、神様とキリストの事情すべてを知ることはできません。
伝道者の書にも、こうあります。
神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることができない。(伝道者の書3章11節)
キリストに対して、私ならもっと上手くできたと思う人がいたら、それは内なるサタンの思いになります。