何者ではなく、わたしは自分で

【本日のリマ】

エゼキエル書34章11節
まことに、神である主はこう言われる。「見よ。わたしは自分でわたしの羊の群れを捜し求め、これを捜し出す。

【追記】

エゼキエル書34章は、悪い羊飼いによって羊たちが弱るという例えから始まります。

悪い羊飼いは、弱った羊を強めず、かえって弱い羊を力ずくで支配しようとします。

そのため、弱い羊は野に散らばり、今度は野の獣の餌食になります。

神様は、このような世の事態を次のように言います。

わたしの羊はすべての山々、すべての高い丘をさまよった。わたしの羊は地の全面に散らされ、尋ね求める者もなく、捜す者もない。(エゼキエル書34章6節)

・・・

それに対して、冒頭の聖句は、その羊たちを救うという神様の力強い答えになります。

見よ。わたしは自分でわたしの羊の群れを捜し求め、これを捜し出す。(エゼキエル書34章11節)

欽定訳聖書では、” I, even I, “と重ねることで、羊を捜すのは他の何者でもなく、神様ご自身であることを強調しています。

このことは、イエス様も同じく、次のように言われています。

人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。(ルカ19章10節)

ここに、旧約聖書と新約聖書を通じて一貫する、神様の真実の声があります。