朽ちない神殿

【日々のレーマ】2022年10月30日(土)

エゼキエル書41:5
彼が神殿の壁の厚さを測ると六キュビト、神殿の周囲を囲む脇間の幅は四キュビトであった。

【追記】
語るエゼキエルは、バビロンの地にあって捕囚の身でした。
そのエゼキエルが現実には見ることのできない神殿を見ています。

バビロン捕囚のために、エルサレムで荒廃してしまった地上の神殿ではありません。
神様が見せているのは、神の威容を表す天上の神殿であって、壊れることのない永遠の神殿です。

このような神殿をどのように捉えるべきでしょう。
原理講論後編2章2節(2)にはこうあります。

【イエスはエルサレムの神殿を自分の体に例えられた(ヨハネ2:21)。】
【それゆえに、神殿はイエスの形象的な表示体であるといわなければならない。】

つまり、神殿は、キリストの代わりです。
キリストがまだ地上に来られる前、地上にあってキリストの代わりをしたのが、契約の箱であり、神殿でした。

そこから考えると、エゼキエルが見ている朽ちない神殿に、本神殿としてのキリストを感じます。