渇いている者はみな

【今朝のリマ】2022年5月16日(月)

イザヤ書 55.1
ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買い、代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え。

【追記】
イザヤ書55章の冒頭になります。
当時の社会システムは今とは違うと思いますので、【代価を払わずに買う】には言葉以上に深い意味があるのかもしれませんね。

個人の気持ちで恐縮ですが、大根一本にかかる代価に気付いたことがあります。
農家さんの日々の労働、運送屋さんや八百屋さんの労働、それに感謝して私たちは代価を払って大根一本を買うわけです。
でも、大根一本ができるためには、大地や雨や日光が必要です。そのことに代価を払うなら神様に払うことになりますが、神様は私たちからお金という代価はとりません。
もっと難しいこと言えば、大根という種(遺伝子)の創造には沢山の神様の叡智と時間が必要で、大根一本の代価が何兆円にもなりそうですが、神様はそこでもお金という代価はとりません。
大根一本に対して、代価以上のものを与えてくださる神様と自然と人間に感謝となりました。