夫婦の会話は、行動の安全弁

【日々のリマ】

民数記,30章8節
もし夫がそれを聞いた日に彼女に反対すれば、夫は、彼女がかけている誓願や、物断ちをしようと軽率に言ったことを破棄することになる。そして主は彼女を赦される。

【追記】

現代は、男女を区別して扱うと、社会的に批判される時代です。

しかし、弱き者をいかに護るかは、いつの時代も大切です。

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冒頭の聖句で、女性は、誓願や物断ちを軽率に口にしてしまいます。

その誓願が果たされなかった場合、その女性は誓願を破ったとして咎を責められ、社会からも村八分の扱いを受けます。

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そんな弱い立場に立たされる女性を護るのは、誰でしょう。その女性の夫たる男性です。

夫は、妻の誓願を聞いた日に反対しています。

ちゃんと話した妻も立派です。

また、妻の行動の軽率さを危惧して、反対する夫も立派です。

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そうすると、妻の誓願は、夫の反対によって、もとから破棄されたことになります。

そもそも夫婦で同意できない誓願は、正統な誓願とは認められないということです。

誓願が先に破棄されていれば、その誓願が果たされずとも、女性の咎を誰も責めることはできません。

義なる神様にあっても、女性を赦されるのです。

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夫の反対は、世間や社会をより良く知る立場からの、妻に対する心配(愛情)です。

無茶をしてしまった妻も、後から夫を尊敬できます。

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ここでは、夫が、夫婦の話し合いという形で、無茶をする妻の安全弁になっています。

もし、夫婦の会話が普段からなければ、このような安全弁は働きません。

夫婦の外、すなわち社会には、危険な落とし穴が様々にあるということです。

安全弁がちゃんと生きるように、夫婦は、週に1度はデートの時間を取って、お互いにちゃんと話しましょう。