【日々のレーマ】
テモテへの手紙第二、3章15節
また、自分が幼いころから聖書に親しんできたことも知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができます。
【追記】
第2テモテ書は、最後のパウロ書簡であり、弟子のテモテに宛てた内容です。
パウロは、ローマの囚人になってすでに長く、開放される見込みはもうありません。
パウロの悲惨な状況を知った人々は、パウロの説くキリストの福音は信じられないと噂をしました。
その噂を聞いた善人たちの多くは、福音を不信して離れたのでした。(第2テモテ書、1章15節を参照)
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一方、書簡の宛先であるテモテは、祖母と母から信仰に導かれた若者でした。
彼は、そのおかげで、幼い頃から聖書に親しんでいました。
ここでの聖書は、イエス様が登場する以前の旧約聖書の書物群です。
旧約聖書は、お花畑のような綺麗ごとの理想が書かれた書ではありません。
旧約聖書には、神様と、人間と、背後のサタン勢力との間で何があったかといった、偽らざる真実が淡々と書かれています。
そこには、善人が読むに耐えない残酷な歴史も、真実だからこそ、そのまま書かれています。
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このような残酷な出来事は、旧約の昔の野蛮な時代だったからではありません。
戦争やテロリズム、そして身近な事件に至るまで、人間としての残酷な歴史は、今も昔も同じなのです。
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そのことを踏まえて、先がない囚われの身のパウロが、若者テモテに伝えたかったことを、冒頭の聖句から考えてみてください。
聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができます。(第2テモテ書、3章15節より)
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噂や願望につい期待してしまう人は、厳しい現実に会えば、絶望します。
しかし、厳しい聖書に親しむことで、今起きている厳しい出来事から目を逸らさずに、キリストに対する強い信仰を保てるのです。